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milestone ブログ

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トリップ -2

~現実 三日前~

朝、時刻と共にテレビがつく。大音量で。覚醒を促してくれたのは、テレビの音だった。画面にはいつも良く見るキャスターと女子アナが映っている。この声で起きたみたいだ。思い出していたら夢に見たらしい、あの時を。いや、夢だったのか妄想だったのかすらわからない。浅い睡眠しか取れない私。いつからだろう。寝たはずなのに、寝た気がしないと感じるようになったのは。どうでもいいことだ。あんな事があったんだから。
私は起きてすぐにパソコンをつける。ネット中毒。今の私の症状かも知れない。
私の書いているブログ。あの学生時代のサークル日記。実際には「エンジェルミスト」を使った後の日記だ。だが、この日記に熱烈に書き込みをしてくる人物がいる。ゲストのため、どこの誰かもわからない。聞いてくるのはこの「エンジェルミスト」の作り方。
これは教えるわけにはいかない。「あんなこと」になるなんて私も思ってもいなかったからだ。この書き込みのレスは今日の夜中でいい。
私は会社へと向かった。今あるリアルな世界。私はこのとりとめのない、何の変化も無い世界のほうがいい。そう思えるようになったのだ。

私が勤めているのは小さい派遣会社だ。社長がもともと大手企業の派遣会社の役員になったらしいが、いやけがさして、独立。ただ、独立する時に、派遣社員も客先も自分のものにして独立したため、現在は、元いた会社と裁判沙汰になっている。
ま、働く人がどこで働くかは職業選択の自由だ。この会社に来た人はもといた会社より給料が高いからだ。それに同じ派遣先にいる。企業も、働く人にも問題は無い。詳しいことなんてなにも知らない。法律のこともそこまで詳しくない。問題があるとしても私には関係のない話しだ。面子だけのただの訴訟。私にはそうとしか考えられない。そして、私はその雑務の後始末をしている。
元々は営業として入ったはずだが、誰かこの揉め事に担当を置かないといけないとのことで私が担当になった。ま、詳細なんて何も知らない。ただ、損害をださないために、のらりくらりとかわしているだけだ。基本的に弁護士事務所との行き来と、資料作成がメインだ。

「おはようございます」

そういって、オフィスに入る。中には社長と、営業が四名、採用担当1名、事務一名そして私だ。あまりみんな話すことは無い。
どうやら社長が前の会社から営業も引っこ抜いてきたらしい。基本的に社内にいるのは、採用担当と事務と私。採用担当は今この不況の中派遣切りのため、採用ではなく、労務トラブル対応をしている。派遣先がなくなったからといって、派遣社員がすぐに解雇できるわけじゃない。次の派遣先が決まるのかどうなのか、彼一人で決めている。だが、不景気の中、解雇している人は少ない。無論、給与カットをして行き先を決めたりもしている。不景気でも勢いが違うのだ。この採用担当に言わせたら、

「解雇しなきゃいけないヤツはいる。だが、それを解雇としてしまうと解雇手当を払わないといけない。そういう人は自己都合でやめてもらうように仕向けるか、それでもトラブルになりそうだったら、合意退職といって金銭解決をする。トラブルでも起きてみろ。行政からの指導はくるは、訴えられて裁判費用はかかるはいいことなんて何にもない。ま、一番はどこか違う会社に派遣するのが一番なんだけれどな」
ということだそうだ。

トラブルは今抱えているこの裁判だけで充分だそうだ。私もこれ以上増えるといやになるし。それに、弁護士事務所に打合せに行くときはいつも抱き合わせで軽く相談をするように色んな事案をもらっているのも事実だ。
この相談していることが全て裁判になったらと思うと怖くなる。この採用担当の人も前の会社では成績が良かったのだろう。仕事が出来るというのを感じる。
同様に営業もかなりの勢いで契約を決めてくる。勢いが違うのだ。私はこの勢いに正直ついていけなかった。不景気というイメージが強いからだ。だからこそ、庶務のような事務のような色んな事をしている。
そして、事務の人。名前は「榊 玲子」本名かどうかも疑わしい。だが、社長のお気に入りだ。
どこかのキャバクラで働いていたのをスカウトしてきたらしい。一度聞いたことがある。

「ちょうど、そろそろ夜働くのも限界かな~ってね。昼職探していたら、ちょうどその時のお客だった社長に声かけられたの。あの人結構な上客だったのよ。イタいこと言わないしね。ま、今考えるとカラの領収書を貰うために店に来ていたみたい」

社長が遊び人のイメージはない。だが、すごいお金の使い方をしているのは知っている。だからこそ独立したとも。全て。私にはどうでもいいことだ。クセの多い人が集まっているけれど、私はあまり職場では話しもせず、黙々と、ただ、働いている。

「他人に興味が無いんだよ、あいつは」

職場で私はそういわれている。そうかもしれない。いやただ、わずらわしいだけなんだ。それに、一体何を話せという。事務の榊さんに

「なんで、源氏名で働いているの?」

とか、言って見るとか?

「枕営業は社長にやっていたの?」

とか、聞いたところで何が面白いって言うんだ。そんなのは影で思っているから面白いだけ。そして、営業はみな攻撃的だ。いや、みな自分勝手だ。個人プレーの集団。それがこの会社の特徴なのかもしれない。だからこそ、そこそこの会社でとどまっている。私は黙々と、資料を作りながら、ただ、時間を過ぎていくのを待っていた。お昼も一人で食べる。渋谷の新南口近くのマックで済ませて、コンビニで立ち読みをする。給料は低い。だから、買い物はしない。おそらく、社長も誰も私がそつなく仕事をするし、給料も安いから何も言わない。そう、それで十分だ。劇的な変化など何もいらない。そう思っていた。私が昼ごはんから帰ったとき事務の榊さんが話しかけてきた。

「大原くん、エンジェルミストって知ってる?って、知らないか。なんとトリップできるらしいんだけれど、ネットで買ってみたの。でも、怖いからちょっと試してみてよ」

私はびっくりした。「エンジェルミスト?」
そして「トリップ」さらに「ネット」
そんなはずはない。私は、「アレ」の作り方は公表していない。私以外に作れる人物。
それは「綾瀬」だけだ。
だが、なんで今更なんだ。そして、どうして「綾瀬」なんだ。私はびっくりして、そして、聞いてみた。

「どこで発見したんですか?サイトを教えてください」

そのサイトにはこうかかれていた。

「あなたも飛んでみたいと思いませんか?陸からの呪縛から抜け、宙(そら)に」

私は驚愕した。この言葉から連想できる人物。それは、「エンジェルミスト」在籍者だった片岡宙だ。

「大原くん、エンジェルミスト知ってるの?じゃ、どうやってこの少ない量を注射に入れるの?」

気の抜けた声がオフィスに響いた。
そうその送られてきたキッドはある意味不親切だ。「綾瀬」ならこんな中途半端な事はしない。ただ、中身に恐怖はある、いや、興味かもしれない。私はまず、注射器は煮沸してから使うこと、そして、生理食塩水と共に注射する事を伝える。注射する際にはエタノールで手を消毒してから、止血する。そして、注射後にトリップが始まる。けれど、中身が怖い。この中身を調べられるほどの機材はない。榊さん試したいのかい?この得体のわからないものを。気がついたら、私は昔と変わらず、同じセリフを言っていた。

「トリップしてみますか?」

久しぶりに言ったセリフ。そういえば、学生時代私は幾度となくこのセリフを言った。 そして、何人もトリップしていった。皆はじめは好奇心から始めていった。恍惚とした表情になってトリップしはじめる。そう、私はまたあの時と同じように、榊さんに注射をした。すぐに変化が起きるわけじゃない。はじめは世界がぐるぐるまわり、その後指先から徐々に感覚がなくなっていく。実は、この瞬間すごく気持ちよく体がふわふわするのだ。まるで、眠る前にかすかに意識のあるあの瞬間。眠薬を飲んで眠る少し前のあの感覚。
徐々に榊さんにその瞬間が近くなってきた。そして、トリップ開始。クセで時間を計ってしまう。その間、私はずっと片岡宙との出会いを思い出していた。


~回想 片岡~

片岡という人物は変わっていた。いや、エンジェルミストに来た人物はたいてい変わっていたのかもしれない。片岡は常に威圧的だった。

「ここが、トリップさせてくれるところか?」

いきなり、部室に来て開口一番の片岡のセリフ。それがこれだった。
イスに座っていた、私とあたる、そして綾瀬は見上げるように片岡を見た。
背が異常に高く、日に焼けたその褐色の肌に、筋肉質の体系化この倉庫、いや、こんな科学系の学部には違和感があった。おそらく別の学科の人間だろう。もしかしたらこの大学ですらないかも知れない。私はそう思っていた。ただ、どこかで見たことがある。そんな違和感があった。いや、その違和感なら綾瀬の時もあった。本能で何かを感じていたのかも知れない。
 大きな声で話している片岡を普通に眺めていた。そう、私もあたるもどんな対応にもなれて着ていたからだ。癖のある人ほどこの「エンジェルミスト」を試したがる体。そして、もう一人この部室の常連の「綾瀬」もなれてきていた。それだけ、この部室には変な人が来るからだ。
 私たちはトリップした世界のレポート作成していた。短い間でより効率よくトリップするレポートをつくっていた。それと、トリップした後の自分の体調管理も同様だった。そう。心停止をするために、ある程度心電図を自分たちでとっていたからだ。医療系の学部も併設しているため、備品には事欠かない。私たちは自分の体の管理も行っていた。

「ねぇ、こんな事って必要なの?」

 綾瀬はいつもけだるそうに言っていた。綾瀬がくれたデパスを一度鼻からすすったのを覚えている。確かに、ハイになれた。けれど、あのどこか違う世界に無理矢理連れて行く、「エンジェルミスト」には適わなかった。私たちは心電図をとるようになって、気がついたこと。それは、トリップをする感覚を開けるほうがいいという事が。特に連続してトリップすると、心停止をするため負担もあるのだろう。それに、1週間くらい感覚をあけないと、あのトリップは味わえない。そう、中途半端なトリップだったり、すごくダークなトリップになるのだ。そう、徐々にこの「エンジェルミスト」での問題点もわかってきた。それに、「綾瀬」と会ってはじめて量を間違えた『あの時』のこともある。だからこそ、色んな実験をしてきたんだ。そう、そういう会話をしている時に片岡はいきなり大声を出してこの部室に来たんだった。

「ここでトリップできるんだろ。ハルシオンをアルコールで飲んだときみたいな中途半端のじゃないだろうな」

 ある程度薬を試した人物。それが片岡だった。私は片岡と話しながら感じていた。自分が中心でないと気がすまない。他人を見下している。実際、無理矢理にでも精神的上位に立たないと、自分を保てない。ま、威勢はあるけれど、内心は不安なんだろう。そりゃそうだ。誰に聞いたか解らないけれど、今までにないトリップ。怖いのだろう。それを必死に隠している。不思議なものだ。このエンジェルミストをはじめてから、人を見る目がついてきたのかも知れない。私はそう思いながら、片岡にエンジェルミストを注射した。
注射して、片岡が話してきた。

「なんだ、何も変わらないじゃないか」

 そう、注射してしばらくは普通の状態。私は、ペンライトを目の近くに当ててみるように伝えた。
 トリップする前に何かを凝視していると、早くトリップできる。まず、一番初めに起きるのは焦点があわなくなることだからだ。
徐々に片岡の体が揺れてくる。そう、トリップの前兆だ。そして、片岡のトリップが始まった。
 1分後。戻ってきた片岡はびっくりしていた。何かを見たらしい。

「光の向こうから声がした。あれは一体なんなんだ」

 呼吸を整えながら話している片岡を見ながら思った。こいつは常連になるタイプだ。その予感通り、エンジェルミストの常連がまた一人増えた。どこからかアラームが聞こえる。ああ、ここは私の居場所じゃないんだった。
私は何かに呼び戻されていた。ひたひたとやってくる何かに。


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